たとえば魔物に対抗できる素晴らしい剣技や体術、魔術を持っているとしても、彼らの命は一つしかないし、その肉体は鋼ではない。襲撃されれば怪我はしょっちゅう、傷が出来れば痛みも伴う。それを瞬時に癒せる方法を持っているとて、体力、気力は削られていく。
「導かれし者たち」と称されても、彼らはごく普通の人間なのである。
にもかかわらず、激しい寒暖の差や気候の変化を伴う地の果てから果てへの行軍、魔物から炎やら吹雪といった攻撃を受けまくりながら、連日前線で体を張って皆を鼓舞し、指揮をとればシャルが倒れるのも当然といえた。
探索を終え疲れた様子で馬車に入ってきたシャルは、少し休むと言って横になるや否や高熱を出してしまった。これを受け一行は直ちに行なっていた洞窟の調査を中止し、地図上で一番近い町までとんぼ返りしたのだった。そして宿を取り、回復を待つこと2日が経過していた。
「熱は大分さがったみたいね」
氷嚢を取り替え、ミネアが心底ほっとした表情をみせた。
「ごめんなさい。迷惑ばかりかけちゃって・・・」
布団から少しだけ顔を出したシャルは、そう小さく返事をした。
「シャル、それは違うわ?こういう時はお世話してくれてありがとうっていうのよ!」
シャルの隣のベッドでこちらも横たわるアリーナは、二人のベッドを挟むように椅子を置いて座るマーニャに笑いかけた。
「アリーナの言うとおりだよ。それにアンタはここのトコちょっと一人で頑張り過ぎ。アタシ達をもうちょっと頼ってもいいんじゃない?」
マーニャはそう言うと、シャルの頭を軽く撫ぜた。全てを背負い一人奮闘する彼女は、見ていてとても心配だった。
「そうよ、シャル。もう少し色々なことを任せてくれないかしら?」
ミネアもシャルに言い聞かせるように言葉をかける。
「勿論私も、沢山頑張るからね!」
と意気込むアリーナだったが
「こらこら、アンタも病人でしょーが」
マーニャもミネアも苦笑する。
シャルと一番仲のよいアリーナは、一緒に行動する率もパーテイ内ではダントツに高いため、風邪を貰ってしまったらしくシャルの後を追うように倒れて熱をだしていた。
「はーい」
ちょっとだけ膨れるアリーナであったが、大人しく返事を返す。
このやり取りが可笑しかったのか、シャルが布団の下でくすくすと笑い声を漏らしたあとにひょこっと顔を出した。
「私、ちょっと余裕無くしてたかも。皆が一緒だってこと、忘れてたよね。マーニャもミネアもアリーナもごめん!ありがとうね!」
この様子に、胸を撫で下ろすマーニャとミネア姉妹。この2日間熱にうかされつつも、立てた予定の遅れや自分の健康管理の悪さばかり気にしていたシャルであったが、これなら大丈夫であろう。こうして気持ちが落ち着いてきたことは、回復の何よりの証拠である。
「また一緒に洞窟探検しよう。ね、シャル!!」
「うん!!」
笑いあう二人に姉妹は清拭をして、寝間着なども着替えさせた。仕上げに髪も丁寧に梳いてあげたところで、また後でくるからと言い置き部屋を後にする。普段なら女子4人は一緒の部屋が常だが、今回はウィルス蔓延防止の為、風邪引きの二人は隔離されて、姉妹とも別部屋となっていた。少し静かになる部屋の寂しさを振り払うかのように、シャルが口を開いた。
「寝てるだけって、なんか退屈だよねぇ」
宿の低い天井を見つめながら呟く。
「本当よね。あーあ、早く治ってくれないかしら!」
寝ていることに飽きたアリーナも同意する。
「ねぇシャル、ちょっとくらいなら起きても、もう大丈夫な気がしない?」
「実は思うけど、やったらきっと怒るよぉ?特にミネアが」
「やっぱり?」
薬も効いて様々な痛み、熱が軽減されてくると、おしゃべりもだんだんと調子が出てくる。
「それよりもさ、やっぱりお見舞いとかにきてくれないのかなぁ?」
「んー。シャルが思う以上に、本当にあんまり丈夫じゃないのよ。来ようとしてても皆で止めてそうな気がする」
「そっかぁ。でもさ、もう、ずいぶん顔みてないよねぇ」
「うん、会いたいな」
シャルとアリーナは、切なげなため息を吐いた。今二人が話題に出しているのは、クリフトのことであった。因みに彼は二人に比べ頑健ではなく、体力もイマイチである。そして無理をしやすい為に一番倒れる率も高かった。
勇者シャルとアリーナ姫が、風邪も同時にひくほどの仲良しであることは周知の事実である。だが、何もそこまで同じで無くてもと皆が思い頭を悩ますのは、想い人まで二人一緒だということであった。そう、この二人は神官クリフトに揃って恋心を抱いている。純情可憐であり、且つ負けん気の強い乙女な二人は事あるごとに張り合い、様々な小競り合いを繰り広げているのだ。
このように美少女二人にアプローチされ続けているクリフトであったが、彼は彼で非常に鈍感で厄介な性質の持ち主であった。乙女二人からよせられる好意をすべて、兄妹間にあるような親愛の情としか認識せず、男女間の愛情によるものだということを全く信じないばかりか、己の整った容姿にもまるで無頓着。加えて博愛主義で穏やかな性格は、思わせぶりともいえる言動を引き起こし、これまで乙女達の心に数多の罪をつくり続けていた。
だがこのことは、旅の重要性やパーティ内の結束を第一に考える姉妹や残る大人組からすれば、ある意味大助かりであった。下手に答えを出されでもすれば、そこから不協和音が生じる可能性は高く、何より二人のうちのどちらかが涙にくれてしまう。それを良しと出来ない皆は、この件に関してはとにかく現状維持ということを最優先で心がけて行動していた。だが、しかし、この件に関していつでも活躍するのは姉妹ばかり、大人組は本当に何の役にもたたないのも事実であったりする。
「今、何してるのかな・・・・」
「様子、ちょっとだけ見てこない?」
「だめだよ!アリーナ。本当にそんなことしたら、クリフト絶対に悲しむよ?」
「う・・・。そうよね」
そうして目に浮かんだのは、憂いと悲しみに沈んだ蒼の瞳と流麗な顔で心配そうに『そのような真似をなさってはいけません』と訴えるクリフトの姿だった。
部屋のドアが小さくノックされたのは、シャルとアリーナが、再び同時にため息をついた時だった。姉妹が戻ってきたと思った二人は先ほどの会話もあって、気まずそうに顔を見合わせた。
「はーい。あ!起きてるけどちゃんと横にはなってるよ!!」
シャルがちょっと慌てながら、返事をする。
「うん!大人しくしてたわよ。どうぞっ」
アリーナも同様に、言い訳するように答えた。
「お加減は如何ですか?」
だが、そう言って入ってきたのは姉妹ではなく、長身で蒼髪の、緑の神官服を着た青年だった。
「「クリフト?!」」
「はい」
予期せぬ想い人の来訪に仲良く叫ぶ二人。
がばっ、と勢い良く上半身を起こす。と、寝間着なことに気がつき、かなり焦りながら上着を羽織る乙女二人だが、そんな様子を一切気にもせず、ただにこにこと笑顔を向けるクリフト。彼はあくまで妹を相手にしている感覚なのである。
「実はマーニャさん達から、お二人の見張りをお願いされました」
穏やかで、心地よいテノールがどこか茶目っ気を含んでそう告げた。
「「ええーっ!!」」
これに驚くシャルとアリーナ。
「冗談ですよ?退屈している頃だから、是非見舞ってやってくれ、とおっしゃられたんです」
微笑んだまま、二人のベッドに近づくクリフトに椅子をすすめるシャル。約3日ぶりに見る、大好きな青年の姿に乙女二人は大いに喜び、こちらも自然に笑顔になった。
「よかった。お二人ともかなり良くなっていらっしゃってますね」
二人の顔色を確認して、嬉しそうに頷くクリフトだったが、一転して申し訳なさそうな顔になる。
「もう少し早くお訪ねしたかったのですが、私の体の弱さのせいでこのようなことに・・・。」
風邪が伝染ることを懸念されて、皆から見舞いを止められていたクリフトは、そう言って二人に頭を下げた。
「それは違うよ!!そんなこと言わないでよ」
「そうよ!クリフトが悪いんじゃないわ。わたし達が勝手に風邪ひいちゃったんだからね」
真っ向から異を唱える乙女二人は、ぐっと力を込めて毛布を握りしめて訴える。
「お二人とも、ありがとうございます」
そう言うとまた、清々しく笑うクリフト。これを直視できずに乙女達は目線を下にそらした。
((あれ?!やだ?!一体どうしちゃったんだろ))
トクン、トクン、と乙女二人の鼓動が早くなっていく。しばらく顔をみなかったせいもあり(といってもたった3日だが)ただの微笑みにすら心が騒ぐ。まして、二人は病人である。色々な耐性や免疫が弱りきっていることに、本人達も勿論、姉妹達ですら気づいてはいなかったのだ。
「そうそう。林檎を購入してきたのですが、お二人は食欲はおありでしょうか?」
クリフトが持参したバスケットには、真っ赤で艶のある林檎が一杯に入っていた。
「あ、うん。食べよっかな」
「そ、そうね。いただくわ」
もじもじと、めくれた毛布の端をいじりながら返事をする乙女二人。
「では、すぐに剥きますね」
慣れた手つきで、林檎の皮をこれも持参したナイフで器用に剥いていくクリフト。林檎の皮は均一の厚さを保ったまま一度もとぎれること無く、綺麗に実から外れていく。ちらちらと、その様子を窺う乙女二人。
((やっぱり、手大きいなぁ。指先もすごい整ってるし・・・・・))
この熱い乙女二人の視線に、珍しく気がついた青年が手を止める。
「あの、どうかなさいましたか?」
クリフトの手に見とれていたとも言えず、黙りこむシャルに。
「あ、ごめんね。すごい綺麗だなって思っちゃったの」
アリーナは思ったことを素直に口にした。
「そうですか?ありがとうございます。ですが、そうたいしたことではありませんよ」
林檎の皮のことを言われたと思ったクリフトは、謙遜しながらもまた手を動かし始めた。そうして、見事に均等に四等分された林檎が二人に差し出される。
「ありがとう!いただきまぁす」
顔を完全に赤くしながらも、笑顔で林檎の載ったお皿を受け取る二人。蜜のたっぷり入ったその林檎は、とても瑞々しく美味しそうであった。しゃりしゃりと、歯切れのよい音と林檎の甘い香りが部屋に漂う。しばらくそんな二人の様子を優しい眼差しで見ていたクリフトであったが、ふと彼は二人の顔を見て眉を顰めた。
「なんだかお顔が先程より赤くなってませんか?」
シャルの顔の赤さに、クリフトはすっと自分の手を彼女の額にあてて熱を測る仕種をとる。
「ほぇっ?!」
この行動に、クリフトへの耐性の落ちているシャルの頭は当然のように真っ白になった。
「うーん。気のせいだったかな。すみません、失礼いたしました」
特に熱が上がったわけではないだろうと判断し、クリフトは手を離す。それを合図にシャルの全身が一気にゆでダコのようになった。
そのまま、シャルはパッタリと寝てしまうが、それには気づかず今度はアリーナに視線を移すクリフト。アリーナはアリーナで、今の二人を見て、紙のように真っ白な顔になってしまっていた。
「姫様?!」
これに何を思ったのかクリフトは、そっとアリーナの首筋に両手をあてて、心配そうにその顔を窺う。
「は、はぅぅぅ?!」
当然、いきなりの接近にアリーナの思考も止まる。
「よかった。脈はなんともないですね。・・・・あれ?」
こちらも特に異変なしと安心したクリフトだったが、アリーナもシャルと同様の状態になったのは言うまでもない。
「食べたから、急に眠くなってしまったんでしょうか?」
仲良く、ちょっぴり幸せそうな表情で目をとじている二人の乙女に、首を傾げながらも毛布をかけるクリフト。
あくまで、自分がしでかしたことへの自覚は皆無なクリフトであった。
「おやすみなさい。どうかよい夢を」
そう言い置いて、彼は聖印をきると部屋を後にした。そして、この見舞いがどのような功を奏したのかは謎だが、翌日乙女二人は元気に復活して、皆を大いに安心させたのであった。
だけど結局そんなわけで、今回の勝者も神官クリフトであったことは言うまでもない。
おしまい
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